2018年4月10日火曜日

224 薬の復活・6年ぶり(2018.4.11)


  薬が復活してしまった
2018328日の定期健診でPSA0.720と前回の0.450を上回った。個人的にはまだまだ低い水準だと思うのだが、医者は「あなたのガンは悪性で、これ以上放置しておくと全身に転移して治療がむつかしくなる。以前飲んでいた抗男性ホルモン錠剤を飲みましょう」といわれた。
 ここまで言われれば医者に抵抗するのは難しい。薬を飲むことにした。6年ぶりの復活である。いまでの経緯を振り返ってみると、

201010PSAが786となって治療開始、ホルモン注射と抗男性ホルモン錠剤を飲むことになった。
20121PSA0.008未満に改善して13か月で薬を中止することができた。
201412PSA0.008未満を上回って、3年ぶりに検出できる数値になった。リバウンドである。
その後、少しずつ数値は上がっていたが様子見が続いていたわけである。

  イメージトレーニングも効果なし
201712月の定期健診以降、自己免疫力を強化するイメージトレーニング行ってみた。これは以前も行っていたもので「自己免疫力を強め、自己免疫力の力でガン細胞をやっつけている」そんなイメージを描く。太陽に向かって自己免疫力が高まったことを感謝する。
複合的にやってみたが、今回はイメージする力が弱かったのか効果がなかった。これからも継続したいと思っている。

  天の采配
PSAの数値は上昇しているが、実生活には影響もなく元気にしている。体も動きやすくなってきた。そんな状況を見透かしたように輪番制の「自治会の役員」と「管理組合の役員」が同時に来てしまった。体がよくなって「もうそろそろ少しぐらいなら役員という仕事もいいのではないか」という「天の采配」なのだろうか。
体力的に不安はあるが、無理をしない範囲で協力はしていくつもりである。一方でよくぞここまで回復したという感謝の気持ちもあり、何か役に立てることがあればとの期待もある。
まあ、やってみて無理ならごめんなさいと潔く謝りますと、引き受けたところである。

  100歳まで生きる
近頃やたらと100歳を耳にするようになった。マンションの住人に聞くと「父親、母親」が100歳ということを聞くようになった。テレビを見ていると「生きるためのガン保険・100歳まで生きる時代シリーズ」というコマシャルがよく流れている。地域情報誌にも100歳特集が組まれていた。
100歳が身近なものになってきたようである。
一方でインスタントラーメン世代は短命な人が多いのではないかという指摘もある。インスタントラーメンが開発されたのは1958年だから、この年に生まれた人は現在60歳である。この年から10年さかのぼると「団塊の世代」となる。戦後生まれの世代は食生活の急激な変化を少なからず受けていて短命だという指摘なのである。
「長寿と短命」が同時に発生するとなると日本はどんな姿になるのだろう。
どうもよくわからない事柄だが私としては「ガンとの共生」と「健康年齢の持続的延長」に努める以外にないだろう。無理をしないで頑張ります。
 
ガンと戦う仲間より
 あきら拝

 PSA参照




2018年1月1日月曜日

223 ガンとの共存・八年目に入る

(一)共存は八年目
 過ぎてしまえば早いものでガンとの共存は八年目に入った。時々ガンの痛みに苦しんでいた当時を思い出す。そして、よくぞここまでこれたことに感謝の念がいっぱいである。 
 三ヶ月ごとの定期健診では少しずつPSAは上昇している。直近の2017年12月の数値は0.45(前回0.316)であった。主治医は「次回の数値を見て薬を飲むかどうか検討しましょう」ということで、今回も薬から逃れることが出来た。


(二)自分をほめてあげたい
 自己自慢になるので書きにくいのであるが、いくつかあげてみたい。
①血管年齢が65歳と判定された。これは実年齢より8歳も若く判定されたことになる。うれしいですね。これは「クルミ」の成果だと思っている。テレビの健康番組でクルミの効果を聞いてすぐに実行した。我が家では、「健康にいい」といわれたことはできるだけ実行してみることにしている。
②血圧は最高が115前後、最低は65前後と安定している。数値は年齢からすれば健康優良児である。この数値はここ数年変化がない。余談だが、囲碁を打った後すぐに測定すると最高値が20ほど上がっている。少したつと下がっているのが面白いですね。
③全部自分の歯である。今年虫歯治療に10ヶ月も掛かった。いままでほったらかしにしていたから当然の報いであるが、幸いなことにいままで何とか自分の歯を維持することがきた。同年代の人がほとんど入れ歯をしているのを見れば頑張っているのではないだろうか。
④週6日の囲碁三昧。これは前にも触れたが、毎日高段者の人と打っていただける。こういう機会に出会うことはなかなかないのに実に恵まれている。毎日充実していて月日がたつのが早い。

 なお以上はいいこと尽くめであるが、反対に現在の懸念材料は脂肪が多いことである。血液検査では毎回中性脂肪だけが基準値を上回っている。また自宅の体重計では体内脂肪率と内臓脂肪率が基準を上回っている。
 牛肉や豚肉をほとんど食べてうなうのにこの結果はなんとなく釈然としない。ただこの問題は「睾丸」を除去手術しているため私の場合、「微妙なホルモンバランスが一般の人を対象としている基準とは違うのだ」 と勝手に解釈している。それでもなんとなく気になるものである。

(三)医食同源の実践
 「玄米+菜食+ジュース」はガンとの共存開始から今まで継続している。牛肉と豚肉はほとんど食べていないのは、先に触れたが、このことを人に話すとほとんどの人は、「たんぱく質不足」を懸念する。
 「たんぱく質」については卵、大豆、納豆、豆腐、煮干、クルミ、ヨーグルトを摂っているので問題ないと思う。ただ最近は足や腕の筋肉を強化したいと思い、「鳥の胸肉」を食べ始めたところである。
 「食事は健康の源」、この八年間の食事と先に触れた成果を振り返り「医食同源」を実践してきたと思う。これからも今までの食事を続けていきたいと考えている。

(四)短期の目標は「共存・十年目」のごほうび
 2017年7月に義父をなくした。享年94歳であった。クレアチニンが高かったことで十年前から人口透析をしていたが、それ以外の病気もなく、頭も明晰であった。ただ透析によって心臓の負担が徐々に高まり、医者からは「いつ亡くなってもおかしくない」といわれていた。その通り痛みもなく急に亡くなられた。まさに「ピンコロ人生」 だったのである。
 自分も義父のような生涯であってほしいと思う。それには「心身ともに健康」でなければならない。脳を含め健康であり続けるには、これまでのような自己管理が欠かせないだろう。
 そうはいっても継続するには「共存・十年目」には「ごほうび」も必要だろう。
今まで断っていた「日本酒を飲みたい」、こんなささやかな目標を設定した。

222 イギリスの医療制度

222 イギリスの医療制度 (一)晩期ガンとの共存7年目
晩期ガンとの共存は201611月で満6年が経過した。7年目に入ったところである。
PSAはリバウンドしたものの極めて低水準を維持している。直近の数値は0.112
その前と比べてほとんど変わっていない。
ありがたいことに、最近は体が動くようになったことで、やりたいことがふえた。
ベランダではプランタンを増やし野菜をいろいろ植えてみた。野菜には輪作が出来ないものがあるのを始めて知った。中で輪作が可能な小松菜、サラダ菜を植えていたが気温が上がると同時にアブラ虫に占領されてしまい全滅である。
植物の三大栄養素は窒素、リン、カリであるが、窒素はたんぱく質、アミノ酸の原料になり、たんぱく質、アミノ酸はアブラ虫の好物である。だから化学肥料を与えると必然的にアブラ虫を呼ぶことになってしまうようだ。かといって殺虫剤を散布するわけにはいかない。そんな経緯から野菜つくりを断念することになってしまった。残念でならない。

(二)週6日の囲碁三昧

時間を持て余していたとき、道で囲碁仲間に偶然会う機会があった。話をしているうちに囲碁が打ちたくなってきた。さいわい近所に「いきいきプラザ」があり、午後の時間なら自由に囲碁を打てることを知った。ありがたいことに五段クラスの人が毎日打ってくれるので、今は週6日、囲碁三昧である。囲碁を復活して一週間が飛ぶように過ぎていくようだ。
石倉昇九段は「囲碁は年をとっても上達する」といっている。事実この半年で「2目ほど上達した」と五段クラスの人から評価してもらえた。うれしいな。

(三)日本の医療制度は刷新すべき

「いきいきプラザ」ではいろんな情報が入ってくる。ある囲碁仲間の弟さん、57歳で晩期ガンということで、私に話しを聞きに来た。私のブログ「晩期ガンからの生還」を紹介かたがた私の経験を話した。
残念ながら弟さんはすぐに亡くなられた。
後で状況を聞くと「全身に転移している状況のなかで医者は、抗ガン剤、放射線治療をおこなった」と聞いた。これには驚いた。私の場合、主治医はガンが全身に転移している状況ではガンの三大療法、つまり手術、抗ガン剤、放射線は採用出来ないといわれた。これは医療現場では常識だと思っていたから、この医者の処方は医療ミスではないかと思ってしまったからだ。もちろん技術がどんどん進歩しているから新しい処方も出てくるのだろう。でも免疫力の落ち込んでいる患者に免疫力をさらに落とす抗ガン剤治療は考えられないと思うのだが。

晩期ガン7年目に入った私にたいして主治医は私の顔を見ないし、問診もしない。パソコンを見ながら次回の予約日を告げるだけである。前立腺の晩期ガンは5年生存率3割と厳しい。だからせめて「晩期ガン7年目、よく頑張りましたね、どんなことをしているんですか」ぐらいは言っていいのではないだろうか。薬は摂らない、検査はしない、私のような患者は、病院や医者の収入にならないということだろうか。
どうも日本の医療制度については抜本的に改善すべき点が多いように思う。

(四)イギリスの医療制度に学べ

イギリスの医療制度を紹介したテレビ放送があった。はっきりとは覚えていないが「患者の健康指導をすることで、効果が認められた場合。これが評価点として当該医者に生涯累積され、医者の収入に反映されるというものだったように思う。医者にとっては薬や手術をしなくても収入になる、他方国の医療財政は改善される」。優れた制度だと思う。
わが国は今、医療制度が破綻するとわかっていながら手をこまねいているだけである。医療を取り巻く受益者が特権を失いたくないからであろう。これら受益者は国家財政が破綻しようと、患者が死のうと関係ないことなのであろうか。
医療の必要性は否定しないが、日本は少しでも早くイギリスの医療制度を学び、将来に向けて改善すべき点は改善する国であってほしい。でも既得権益は頑固でなかなか変えられないのである。

国の制度がなかなか変わらないのであれば、「自分で出来ることは自分でやる」と考え方を変えてみてはどうだろうか。たとへば、私のような絶望的だったガン患者でも「玄米菜食」中心の食事で生還している事実やそのほかいろいろな方法でガンを克服している沢山の人を見てほしい。医者に頼るだけでなく「自分で出来ることを自分でやる」その結果健康な体を取り戻すことが出来ればこんなすばらしいことはないのではないか、そして多くの人がこのブログを読んで勇気を持って一歩足を踏み出してほしいものである。

221 主治医とはなんだろう

221 主治医とはなんだろう 半年振りにブログを更新している。前にも触れたがパソコンの技術が追いつかないため更新するときに、いままでのリンクが崩れてしまう。これを元の戻すのが大変でついつい億劫になって更新していないのである。
もうひとつ、ブログをお読みいただいた方からご連絡をいただいているのですが、返信の仕方が良くわからないため返信していません、技術が未熟でご勘弁いただけますようよろしくご理解ください。

さて、PSAの結果であるが、2016.5.11の検査結果は0.079、前回の検査数値0.074(16.2.17)とほぼ変わらない水準を維持することができた。この結果には自分としては満足している。リバウンドした後、少しずつ数値が上昇していただけに、今回ほぼ横ばいの数値にとどまっていたからである。
 ところが主治医は数値を見て「治療を必要としないのでしたら、別の病院を紹介します」、近隣の病院のパンフレットを手渡しながら「PSAの検査だけでしたらきちんとやってくれる病院です」「みはま病院は治療を必要としている患者が沢山いますから」 といわれたのです。
PSAにリンク


何か違和感を感じながら病院を後にした。
前回の検査のとき、主治医は「精密検査を受けたらどうですか」といっていた。これに対し私は、「検査数値はきわめて低い水準で、検査しても画面に出てこないでしょ。それと5年前に受けた「骨シンチ」の検査は大変苦しんだこともあり受けたくなしと話したことがある」 薬を使わない、精密検査もしない、病院にとってはありがたくない患者ということかだろうか。

晩期ガンを宣言されて、痛みにはモルヒネがありますからといわれた患者が、56ヶ月リバウンドのなか頑張っている姿を見て主治医が発する言葉だろうか。
不思議に思うのは、医者は「検査数値が横ばいなのは、患者が何をしていたのか」を聞こうとしない。これでは頑張りましたね、とはいえないと思う。
医者はパソコン(患者のデータ)かカルテを見ながら話をしている。患者の顔を見て話をしない。病気がひどかったときの自分の顔を思い出すが、この時は素人の自分でもただ事ではないとわかる。医者だったらもっと細かくわかると思うのだが「医者は患者の顔を見ない」、目の前に活きたデータあるのにと思うのである。

この一年間頑張ったことに触れてみたい

一日断食

毎週日曜日、一日断食を始めて62回になる。一年三ヶ月になるが体は慣れてきた。いつでも断食は止められると思っていたことで続けられたのかな。あるいは、断食明けの月曜日朝食は玄米の雑炊にしているが、これがうまいこと、このうまさがあるから断食が続けられたのかな。
時に空腹に襲われるが、そんなときは白湯か抹茶をたてて飲んでいる。

自転車

ノルディックウオーキングによって筋肉が付いてきたと考えて自転車を乗ることにした。
5年前に病気をした後、自転車に乗って二回ほど転倒している。片足で体を支えられなかったからであった。
今回もやはり転倒してしまった。でも目的があって今、頑張っている。ウウォーキングの筋肉と自転車の筋肉が違うのがわかった。だから、自転車に乗って自転車用の筋肉をつかうよう頑張っているところである。

囲碁

孫が小学校の囲碁クラブに入って「囲碁を教えてください」とたのまれた。そこであらためて基礎からの勉強をしているうちに実際に相手と打ちたくなってしまった。
以前所属していた「囲碁クラブ」は病気してから辞めていた。再開しようとしたが移転したため、徒歩でいけなくなったので自転車を始めたわけである。
いろいろ探しているうちに近所に「いきいきセンター」というところがあって誰でも打てるのがわかった、何人か知り合いもいたのでしばらくはここで打ってみたいと思っている。それにしても簡単な定石を忘れていますね。まいいか、楽しみながら打ちましょう。免疫力アップになるように。

ベランダ菜園

ベランダに横長のプランタンを並べて野菜を栽培している。小松菜、チンゲンサイ、春菊、赤カブ、しそ、パセリ、サニーレタス、ミニトマト、ゴーヤ
冬のあいだは不織布、いまは防虫用網で覆うっている。ところが、防虫用網を使ってもアブラムシは防げなかった、結局菜園は全滅してしまった。再度挑戦中である。
菜園を始めていろいろなことを学んでいる。
連作障害、種播きの深さ、土壌の作り方、水のやり方、化学肥料とアブラムシの関係、追肥のやり方、次々と出てきますね。
困るのは、種をまいても芽が出てこない。どうしたもんじゃろうの。
摂れた野菜を食べる、グリーンカーテン、時に蝶が巣立っていく、菜園はいろいろありますがそれは楽しいものです。

220 あらすじ~五年の歳月

ガン発覚から五年が経過したとき、友人から今までの経緯をまとめてみないか、という誘いを受けた。
いままで「闘病記」は19回発表してきたが、だいぶ長くなった。ここいらで中締めとして「あらすじ~五年の歳月」をまとめてみようと思った。講演形式で20分ぐらいとした。私が述べたいことはあらかた入っていると思う。

みなさん、こんにちは。一島 アキラと申します。
これから「晩期ガンからの生還」・アキラめない私のガン闘病記」を話します。大雑把に四つのポイントに分けて話します。

(一) 絶望的な断崖絶壁に立たされていた
(二) ガンと闘うぞ「ホップ・ステップ・ジャンプ」
(三) 自然の恵み「植物の驚くべき力」
(四) 「アキラめない」

私は、前立腺ガンでしたが、ほかのガンの方にも参考になる話だと思います。「ガンと闘う戦友」として参考にしていただければ幸いです。
前立腺ガンの主要マーカー(PSAの推移)


(一) 絶望的な断崖絶壁に立たされていた

いま私は、普通の方と変わらない生活をしていますが、五年前は大変でした。
私のガンが発覚したとき、すでに全身に転移していました。すぐに転移していたところが痛みだし
歩くのも家内の肩につかまり、寝るときは痛くて背中にクッションを置いて斜めになって寝ていました。足が冷たくて寝られない状況も続きました。

主治医は「ガンが全身に転移している「晩期ガン」で、ガンの三大療法つまり手術、放射線、抗ガン剤が使えない。ただし前立腺ガンは特殊なガンで男性ホルモンがないと生きられない。そこで、ホルモン療法でいきましょう」、といわれたのです。
ところが続きがあって、注意事項として「ホルモン療法」は人よっては、1年~4年で効果がなくなり、その後はガンの増殖をとめられないという指摘があったのです。ホルモン療法も万能ではないのです。

後で知ったことですが、前立腺ガンは早期発見の場合、治癒率が高いのですが、私のように全身に転移した晩期ガンの五年生存率は29%と大きく低下するのです。
ガンの三大療法が使えない、ホルモン療法もいつ効果がなくなるかわからない。痛みがひどくなるなか、先が見えない絶望的な断崖絶壁に立たされていたのです。
そして、そこから手探りのガンとの闘いが始まったのです。

(二) ガンと闘うぞ「ホップ・ステップ・ジャンプ」

絶望的状況の中で、なんとしても痛みを軽減したい、できればガンを克服したい気持ちが強くなったのです。
そんななかで、命を救った本との出会いがあります。三つだけあげますと
その一つは、済陽高穂医師の「今あるガンが消えていく食事」
その一つは、橋本豪医師の「ガンを自分で治した医師の「ガン治し」本気塾」
そしてもう一つは、安保徹先生の「免疫」に関する本です。
このほか沢山の本の中からガンに克、「ホップ・スッテップ・ジャンプ」をみつけたました。

ホップは「ジュース療法」
ステップは「食事療法」
ジャンプは「セルフ治療」
です。

ジュース療法は、一日3000ccを基本とし、多いときで4000ccを超えて飲んでいました。これは、並みの量ではありません。

食事療法は 「塩なし、肉なし、魚なし、油なし、砂糖なし、酒・タバコ厳禁」 徹底的におこないました。これを人に話しますと ほとんどの人が「私には出来ない」といいます。でも私は断崖絶壁に立たされていてほかの選択肢がなかったのです。
食事療法の原則は、「玄米」プラス「マゴワヤサシイ」、という昔からある食事です。
私が美味しいと思う食事はガンも好きな食事です。ですからガンを食事療法で兵糧攻めにしたのです。

セルフ治療は自律神経のバランス、およびイメージトレーニングです。
イメージトレーニングを補足しましょう。まえに食事療法のところで「ガンを兵糧攻めにする」と話しました。これをイメージしてみてください。私だったら兵糧攻めでガンがどんどん小さくなったとイメージします。ガンがどんどん小さくなった、ガンがどんどん小さくなったと声にも出します。うれしいですね。
イメージトレーニングは、いつでも、どこでもできます。しかもただです。

このように、ガンとの闘いはあらゆるものを動員して総合的に戦わなくてはならないのです。一つだけではダメです。その司令官は自分自身です。橋本医師は「自分の主治医は自分」と述べています。これはいただきのフレーズですぐに私も「自分の主治医は自分」と決めました。

「ホップ・ステップ・ジャンプ」の成果には驚かされました。
ガンとの闘いの経緯を述べますと、絶望的だった検査数値が一年四ヶ月で計測できなくなりました。ガンが休眠状態に入ったのです。主治医はこの結果に驚いていました。
この状況が約三年弱続いた後、四年目に入ったところで、ほんのわずかですが再び検査数値が計測されるようになりました。リバウンドですね。ガンは一筋縄ではいかないものです。少しがっかりしましたがあわてません。今までの経験を生かして対応しています。詳しくはいずれブログでお知らせいたします。

(三) 自然の恵み「植物の驚くべき力」

私のガンとの戦いは原則「ゲルソン療法」です。
ゲルソン博士は「病気の原因は栄養バランスの崩れにあり、過剰に摂っている食事を修正し、野菜・果物を沢山摂ることで現代人の崩れた栄養バランスを回復する」という考え方です。

植物には驚くべき力があります。植物はビタミン・ミネラルだけではありません。ビタミン・ミネラル以外で植物のよく知られている栄養素は、赤ワインのポリフェノール、トマトのリコペン、大豆のイソフラボン、ゴマのセサミンなどよく知られていますがですが、近年次々と新しい栄養素が発見され、その数10,000を超えてきています。それらは植物の持ついまだ分類されていない栄養素として「ファイトケミカル」あるいは「ファイトニュートリション」といわれているものです。その中にガンと闘うファイトケミカルがあるのです。たとえば

・抗酸化作用を持つファイトケミカル
・免疫力を高めるファイトケミカル
・抗ガン作用を持つファイトケミカル

ありがたいことに、つぎつぎに注目すべきファイトケミカルが発見されているのです。
しかもごくごくありふれた野菜・果物の中に重要なファイトケミカルが見つかっているのです。決して値段の高い野菜・果物ではない点に注目していただきたいのです。
安くて、身近で手に入り、ガンに効果が認められている植物の力を利用しない手はないのです。

ところで、残念なことに日本では野菜の消費量が減少しています。因果関係はまだわかりませんが、反対に増加しているのが、ガンを含む生活習慣病です。日本人はいま、健康な体を作るために「野菜の力」を使って食生活を改善しなければならない重要な岐路に立たされている」と私は考えます。このことは、自分が病気になって特に感じている点です。

(四) 「アキラめない」

ガンは人によって違います。他人が治ったから自分も同じ方法でガンが治ると考えるほどガンは簡単ではないのです。
一方で、私はガンになってからいろいろの人の闘病記を読みました。そして多くの人がいろいろな手段でガンを克服している事実も知りました。ガンは簡単ではないが「共存できる病気」だと理解したのです。

みなさんが、いろいろな人の経験談を読まれ、そして、自分ならどうしたいのか決めてください。他人が決めることではありません。自分の人生ですから自分で決めるのです。
私は「アキラめない」と決めたのです。「アキラめない」と決めたことで、体の中から力が湧いてきたし、偶然も味方してくれました。そしてやるからには徹底しました。

なお、亡くなった人の「闘病記」は読んではいけません。いま必要なのは、静に死ぬイメージでなく、生きることに意識を集中することなのです。

「そうはいっても」、といわれる方が多いと思います。「晩期ガンと告知」されたとき私の頭のなかは真っ白になりました。多くの「晩期ガン」の人も私と同じでしょう。そして絶望のどん底に落ち希望を失っていると聞きます。でも決して「アキラめない」でください。

インターネットで
「アキラめない」を検索してください。一番上に出ています、
その下に「晩期ガンからの生還」があります。この二つは私のブログです。「アキラめない」を追加更新しているうちに更新が出来なくなっためです、そこで読みやすく編集して「晩期ガンからの生還」に切り替えました。ぜひ開いてみてください。
「晩期ガン」の告知からの五年間の記録です。沢山のヒントがあるはずです。

繰り返しますが、ガンと闘いは決して「アキラ」めてはいけません。
「ガンと闘う仲間」としてご一緒に頑張りましょう。

219 五年生存を達成~新たな五年に挑戦

219 五年生存を達成~新たな五年に挑戦 (一)五年生存を達成 ガンが発覚して五年が経過した。五年生存率といわれるように一つの区切りを超えた。大変嬉しいことである。
五年前、晩期ガンと告知され、全身に痛みが走り、歩くのも、寝るのも大変だったことを思い出す。
医者からはガンの三大療法(手術、放射線、抗ガン剤)は使えない状況だといわれた。
「痛みがひどくなったらモルヒネがありますから」
という説明を聞きながら絶望的な崖っぷちに立たされていたことを思い出す。
おそらく、多くの晩期ガン患者が直面する状況であろう。
そして多くの人が肩を落とし落ち込んでしまうと聞く。

でも、私はそんな状況から立ち直っている。今は.痛みもなく健常者と変わらない生活をしている。
ぜひ晩期ガン患者の方は希望を持ってほしいと願っている。私の経験はほんの一例に過ぎないが、多くの人が晩期ガンをいろいろなやり方で克服している事実を知ってほしい。


(二)検査数値はすこしづづ上昇

もちろん、ガンとの闘いは一筋縄ではいかない、試行錯誤である。前章で触れたように四年目にはいった時、PSAは0.010 と検知できる数値になった。それまでの三年間は0.008未満 といって検知不可能な数値だった。ガン患者なら誰もが懸念するリバウンドである。だから少しがっかりしたわけである。
三ヶ月に一回定期健診を受けているが、直近九月の検診では0.027 とまたわずかに上昇が続いている。(300 PSAの推移参照)
主治医は検出された数値は微々たるものだが数値が右上がりを続け、二年でほぼ倍になっている点を気にしていた。


(三)一日断食やるぞ

定期健診の数値が二回連続上昇したのを受けて、今までやっていなかった自己免疫力を高める方法を考えてみた。
すぐに頭に浮かんだのは「断食」であった。家内も同じことを考えていたみたいで、すぐに実施することしした。病気をしてから体にいいことはすぐに実行するのが我が家の決まりである。

断食は日曜日と決めた。
朝は野菜果物のムース500ccとサプリメント。夕方に朝と同じ野菜果物のムース500ccとサプリメント。
いつものようにラジオ体操のあとは朝のウオーキング。昼はNHKの「囲碁講座」、風呂に入る。水分はこまめに補給している。
翌日の朝が楽しみである。玄米のお粥、卵が入っていたり、サツマイモが入っていたり、鰹節をふりかけたりと適当であるがどれを食べてもおいしく感じる。これは至福のときである。

断食の効果についてはいろんな人は述べれいる。(以下「食べない人は病気にならない」山田豊文著から抜粋)
古くは、釈迦、キリストが病気を治すには断食といっている。
断食によって休んだ消化器系の働きが高まり、腸内環境が整い免疫力が高まる。食べることをいったん止めれば体内のすべての組織や器官にエネルギーがみなぎり自然治癒力が高まり、痛んだ細胞の修復や再生が活発に行われる。

断食の朝と夕方は「野菜ジュース(ムース)とサプリメント」を摂っている。これは野菜果物の酵素とビタミン、ミネラル、およびサプイメントのビタミン、サプリメントによって細胞の修復や再生を助けるからである。この方法は多くのガン・クリニックで採用されている。

野生の動物は怪我をしたり病気になると食事も取らずにじっとうずくまって治してしまう。自然に備わった自然治癒力というのはすごいものである。
先日TVで、動物園のライオンの一週間のメニューには一日だけ×印がある。その日は狩に失敗して食べ物がない日だそうだ。この空腹によって野生動物の活力を忘れないようにしているそうである。
人間も時に「断食」によって自然に備わった自然治癒力を呼び覚ましたいものである。


(四)新たな五年に挑戦

今までの五年間、前半の二年間はかなり勉強した。ガンと闘いをどうするか試行錯誤の時期であった。そんななかで、
「あせらず、怖がらず、ぼちぼち行こう」(中山武さん)
「元気に、楽しく、感謝し、幸せを感じながら生きよう。ガンになったらぼちぼち治していこうや、ガンちゃん!」(伊藤勇さん)
ガンを克服してきた先人たちの言葉に出会い、ガンは治る病気だとわかって生き方が変わった。

さて、これからの「新たな五年間」はある意味経験してきた道であるが、ガンとの共存は何が出てくるかわからない。そんな時は先人たちの言葉を思い出していくつもりである。

ところで、最近読んだ本で考えさせられる本が二冊あった。「新たな五年間」にも関係してくる本であろう。

一冊目は、「寄生虫なき病」(モイゼス・ベラスケス=マノフ著)
この本は非常の恐ろしい本で、すでに始まっている近未来を予測している本である。
最近、感染症(ハシカ、おたふく風邪、結核、A型肝炎)が減少するにつれ、免疫関連疾患(喘息、Ⅰ型糖尿病、多発性硬化症、クローン病)が急増している。グラフを描くときれいな逆相関がみられる。
免疫系疾患というのは免疫系の原因不明の暴走をいい、「アレルギー疾患」と「自己免疫疾患」がある。
「アレルギー疾患」(スギ花粉、チリダニ、食物アレルギー、喘息)は無害なアレル源物質に対する免疫系の過剰反応
「自己免疫疾患」(炎症性腸疾患(=クローン病)膠原病)は自己の組織を免疫系がなぜか攻撃してしまう。

著者は「何百万年ものあいだ共存するうちに人間の免疫系は寄生虫(細菌、ウイルスを含めた寄生生物)の存在に順応し、さらにはそれに依存するようにさえなってしまった。だから20世紀になって寄生虫が突然消えてしまったことで免疫系がバランスを、失ってしまった」
「免疫系は本来、微生物や寄生虫がうようよしている不潔な環境に立ち向かうために進化してきた。本来立ち向かうべき環境に出会えないことで免疫系は混乱し、免疫系の制御機能を阻害してしまった」
そして「この内なる生態系の崩壊こそ現代の難病の根本原因である」と結論づけている。
著者は自らも自己免疫疾患を患らい、ついには自ら寄生虫を腸内に感染させる治療法に挑んでいる。

恐るべき時代を迎えようとしていると私は戦慄を覚えてならない。厚生労働省、医師、製薬会社の関係者はぜひ読んでもらいたい本である。抗生物質を使えば大丈夫という時代は過ぎた。
これからの人類は「寄生生物との共存」という困難な課題に挑まなければならないだろう。この困難な課題に「ガンとの共存」も加えてもらいたいものである。

もう一冊の本は、「脳は奇跡を起こす」(ノーマン・ドイジ著)である。
この本は、「脳機能は使わなければ失われる。85歳でアルツハイマー病にかかる確率は47%である。加齢により脳内の物理的、科学的変化を阻止しようとして薬が処方されるが薬の効果は4から6ヶ月しか持たない。脳は使わなければだんだんと萎縮している。
著者は、年を取ってから外国語を学ぶことは、脳の記憶力を向上させ維持するのに最も適した方法である。集中しなければならないし(脳の)可塑性のコントロールシステムのスイッチが入る。」と書いている
そして、「高い集中力を必要とすることならなんでもいい」。とも書いている。

ということは、私はこれからもっと脳を使かえば「ボケなくてすむ」ということか?、頑張ろう!
「ヘボ碁」をもっとまじめに学ぶことにしよう。
とはいってもNHKの「囲碁講座」はいつも睡眠学習になってしまう。困ったことだ。

218 ガン発覚から四年経過~リバウンド

218 ガン発覚から四年経過~リバウンド 晩期ガン発覚から四年が経過した。2014年12月、3ヶ月検診はPSAが0.010となった。約三年ぶりに計測可能な数値になったのである。  主治医は数値がきわめて微量であり心配ないといっていた。それでも約3年間PSAが0.008未満、つまり計測不可能な状況を維持してきたのであるから、ちょっと残念な気持ちである。  
 メールで知り合った前立腺ガンの仲間の中ではPSAが0.008未満を長らく維持していながらリバウンドしているケースが時々見られる。それだけガンは厄介な代物である。
PSAの推移


ところで検査結果の数値に変化があったが、体調は順調である。顔色もつやがあって健康体の顔である。 朝起きて、冷水摩擦、テレビ体操と柔軟体操、ノルディックウオーキングと結構忙しく過している。人混みの多いところは避けて風邪などうつらないようにも気を使っている。免疫力が落ちることはできるだけ避けたいのである。  
 それでも3ヶ月に一遍は検査のために病院にいかなければならない。病院の混雑は加速しているようだ。同じ時間に家を出ても診察の順番はずいぶんと遅くなっている。それだけ高齢者が増えてきたということであろうか。

  (二)颯爽と歩こう  
 ノルディクウオーキングを始めてから背筋をまっすぐにして颯爽と歩くように心がけている。病気をしてから三回も転倒しているから転倒しないように心がけているのだが、年齢を重ねた人の歩き方を見ていると前かがみで、地面を覗き込むような姿勢で歩いている人が多い。見ていてあまり格好のいいものでははい。
 そこで自分だけは格好良く背筋を真っ直ぐにして颯爽と歩くようにしている。朝の太陽を浴びながら颯爽と歩いていると、気分もさわやかになり歩くのが楽しくなる。ちょっとしたことで人の気持ちは変わるものである。  この颯爽とした歩き方は荻原健二がテレビで模範としていた歩き方をまねたものである。(荻原健二 ノルディックスキー総合でオリンピック・ゴールドメダリスト)

  (三)妖精達の径   
 もう一つ歩きながらの楽しみは、道なりに変化する景色を楽しめるからである。私が住むところは埋立地で高速道路の脇に緩衝林がある。高速道路と反対側には学校のグラウンドがあり、きれいに刈り取られた芝生が緩衝林に接続している。この緩衝林の中を私は勝手に散歩道にしている。
 私が歩いている緩衝林は一般道路で三つに分かれているが、それぞれに特徴があり私は次のように名づけている。
 「意地悪な妖精達の途」
 「妖精舞踏会の途」
 「妖精お城の石畳の途」

「意地悪な妖精達の途」は、木の根っこが飛び出している非常に歩きにくいところだ。埋立地で根っ子が地面深く伸びるのでなく横に伸びているためである。木漏れ日の林の中は幻想的でつい見とれてしまいたくなるが、景色に気をとられているとけつまずきやすい。けつまずくと、意地悪な妖精達が喜んでいる?。そんな雰囲気の場所である。

「妖精舞踏会の途」は、ぽっかりと日が差し込む場所がある。日差しが差し込んだ円形の場所は木の葉っぱが太陽に輝き、妖精達が踊っているような幻想的な美しい広場である。

「妖精お城の石畳の途」は偶然林の中で石畳を見つけた。枯葉と泥に埋もれていた敷石を偶然見つけたとき、何か古墳を発見したような興奮を覚えた。枯葉と泥を少しどかして見ると、飛び飛びだった敷石がつながり、そこに敷石の途が現れたのである。これはお城につながる石畳に違いない。勝手に想像を働かせている。

(四)自然との共存・ガンとの共存
 妖精の途には、自然があふれている。くもの巣、やぶ蚊の群れ、毛虫、小鳥たちのさえずり、カラスの驚かす声、木の枝は伸び放題、枯葉は途を覆っている。ここは生き物たちの世界で人間は邪魔をしてはいけないのだろう。美しい自然と共存できればこんな素晴らしいことはない。
 ところがなかなかそうはいかない、東京代々木公園でデング熱が発生したとき、蚊を退治するために殺虫剤がまかれた。私の住むマンションでも年に数回殺虫剤がまかれる、毛虫対策である。安易に殺虫剤をまくことは生態系を破壊する。
 蝶やせみ、すずめがえらく少なくなったように感じる今日この頃である。「沈黙の春」(レイチェル・カーソン著)を思い浮かべてしまう。
 「自然との共存」と同じように「ガンとの共存」もなかなか難しい。 今年九月、前立腺ガンの新しい抗がん剤を使用した患者の5人が亡くなったときく。ガンの三大治療法は確実に進歩しているがまだまだガンを撲滅する有効な手段とはいえないようだ。三大治療法はこれはこれで大切なことだと思うが、ガンとの共存という道もあっていいのではないだろうか。
 世界にはガンの発症率が 極めて低い場所があるという。ガンと共存していくためにはこれらの地域でどんな食事をしているのか、国を挙げて研究する必要があるとおもう。  ガンに罹患しても食事療法の有効性が証明されればガンと共存が選択できることになり、多くの人々を救うことにならないだろうか。
  私は晩期ガンであったからガンの三大治療法は使えなかった。そのかわり食事療法でガンとの共存をしてきた。今回の検査でPSAが0.010と微量だが検出されたわけだが、これからも食事療法でガンと、どう共存していくか報告していきたい。
(2014.12.26記)